New-Zealand's South Island
クイーンズタウン観光
& 体験記まとめ

Mar 7 & 12. 2006

Queenstown展望台


クイーンズタウンは、 英国人が女王様に相応しい美しい町に因んでその名を付けたそうです。少しは、感じて帰りたいですよね。そこで、Day5の夕刻、ゴンドーラで、町中を見下ろせる展望台に上がりました。 そこは、大自然に囲まれた湖畔の僅かなエリアです。青い空がLake Wakatipuの湖面を一層鮮やかにしていました。

中心街の中華料理店で夕食後、買い物と散策で、僅かばかりのクイーンズタウン観光を楽しみました。

写真説明: 山頂の"The Skyline Complex"という、複合観光展望台からの眺めです。4枚の写真を合成したパノラマ写真。



Air Newzealand
NZ国内の移動は、Air Newzealandのお世話のなりました。
Queenstown空港への離着陸は、尾根すれすれのひやひや飛行。



観光立国
空港のロビーに出ると、かって、Mount Cook観光に活躍した軽飛行機が吊るしてありました。
このソリは、氷河 & 雪上滑走路用専用?
右は、 空港内の観光案内所のブース内のパネル。



COPTHORNE LAKEFRONT
5Day トレッキングの前後に宿泊したホテル。

名前の通り、湖畔の宿。



朝の散歩
LAKEFRONTの湖畔を散歩しました。100年前なら、このような大きなKIWIに出会えた?



The Skyline Complex
展望台からQueenstownの町並みや美しい景色を堪能できる。そこは、レストランやアクティビティー、映画館などが揃った一大コンプレックス(複合施設)であった。

右の写真をクリックしてください。あなたはバンディージャンプに挑戦出来ますか?



Queenstown散策
ご婦人方がお買い物に懸命です。年金生活者の私は、ひとりさびしく湖畔の町を徘徊することにしました。

そこは、観光とアクティビティーの町です。スポーツショップには、最新のグッズが沢山並んでいます。マウンティンバイク・トレッキング・スカイスポーツ・スキーなどなど、最新のファッションです。 見るだけでも楽しくなりました。



KIWI & MOA
かっては、飛べなくても幸せに暮らしていた彼らは、 KIWIは絶滅危惧種、MOAは、200年前に絶滅した。 人類の『愛と叡智』で、なんとか再生出来ないものか?

MOAは、身長3m・体重250kg、マオリが全部食べたというが?



Mount Cook
Mar 13 AM10:20 NZ636便は、Queenstownの山並みをかすめてクライストチャーチに向けて離陸しました。暫らくして、左側にNZの南アルプスです。

皆さんも、食い入るようにじっと眺めたと思われます。この眺めは、皆さんと共に生涯忘れることはないと思われます。
"The Finest Walk in the World"のフィニッシュに相応しい光景でした。
Newzealand、そして、お世話になった皆さんありがとう!



体験記まとめ
Milford Track 55Kmを歩いて、感じたことを報告します。
@体力面
我々、”山歩きやまびこ会”仲間3人は、これまで、3日間で55km歩いた経験はありません。 しかし、月間2回の山歩きを数年間継続して来ましたので、 体力的には何も問題ありませんでした。歩行後の筋肉痛もまったくありませんでした。 しかし、参加者の中には、Day5の様子から、足を引きずりながら歩くご婦人も見かけました。

我々、日本からの参加者13名の様子から判断します。
多くは、ハイキングを趣味としているご婦人です。したがって特に問題はないように思われました。 日頃そんなに歩いていないと思われるカップルも一組いました、お疲れの様子でしたが、 完歩されました。したがって、入山時に健康であれば、誰でも完歩出来る散歩道と思われました。

しかし、日本からシンガポール経由で23時間に及ぶ空路の疲れが出ます。 Day1の夕食時に、長旅の疲れが出て、食事がとれない方が私の知る範囲で2名いました。 一名は、1929年生まれの男性で、体調を崩され、翌朝もすっきりせず、Day2からの縦走を断念し、 ホテル待機となりました。誠に残念な出来事でした。 もう1人は、ご婦人で、この方も体調を崩し、夕食は取れませんでしたが、翌朝までに回復され、完歩されました。

現地ガイドは、このようなトラブルが良くあるといいます。特に、日本人は、余裕の無い日程のツアーが多く、現地に入った翌日に入山します。せめて、もう一日Queenstownで休息してから入山して欲しいと要望していました。しかし、ツアーガイドは言いました。 ツアー業者間の価格競争があり、余裕のある設定は困難であると。 特に、高齢者が参加する時や、個人で挑戦される方も、この点を十分に配慮せて計画を立てるべきと思いました。

A入山装備
私の装備は、『説明会&準備』の項で報告した通りです。携行品は、この程度で問題はありません。特に、食料と水などは、まったく必要がありません。もし、持参すれば、それはごみとなり環境破壊に寄与することになります。Trackの5Dayの食料は、必要なものを必要なだけ提供されると判断してOKです。

次に、下着の着替えです。これは、2組もっていった方がベターです。その理由は、ずぶぬれで、中間点で着替えが必要になった時に、ロッジでの着替えがなくなります。したがって、Tシャツと靴下は2セットがお奨めです。

雨対策の装備にふれます。 私は、これまでの体験から、山歩き用のレインをあまり信用していません。それは、装着しても、 長時間の雨中歩行には耐えられないことを知っているからです。 そこで、今回は、自分の防水ジャケットの上に、Milford Trackで実績のある現地貸し出しのワンピースレインを着ました。しかし、Day3のマッキンノン峠の暴風雨により浸水を防ぐことは出来ませんでした。

何故、Tシャツまでずぶぬれになったか疑問が残ります。そこで、現地ガイドのCoreyに、貸し出しのレインの防水性能は完全でない、改善が必要と言ってみました。 すると、彼は、レインは完全(水は通さない)と言う。そこで、反省してみると、私が濡れたのは、 写真を撮る時に、ファスナーを外し、カメラを出します。その時に隙間から進入したと推定することになりました。雨の時は、しっかりファスナを閉めて下を向いて歩かないといけないようです。

私が履いているのゴアの登山靴は、これまでの日本での体験では、中まで濡れたことはありませんでしたが、今回は、峠の雨で中までずぶ濡れとなりました。 したがって、暴風雨下・水没路歩行では、浸水覚悟が必要です。

バックパックの防水対策の結果について述べます。私は、バックパックにレインカバーをかぶせ ましたが、バックパックはずぶぬれでした。中身は、大きなビニール袋です。この中は全く濡れませんでした。したがって、大きなビニール袋以外に入れた物は全滅でした。 私は、説明会で支給された、大きなビニール袋に助けられました。大きなビニール袋に感謝しています。

Bフィヨルドランド国立公園

フィヨルドランド国立公園は、NZの南島にあり、新潟県位の広さです。 Milford Trackは、その中のひと筋の散歩道です。その国立公園は、書物には、1952年設立、 1986年に『世界遺産』に指定したと記されています。今回、私が歩いた範囲では、『世界遺産』の標識は何処にも見出すことは出来ませんでした。その大部分は、1904年から保護されており、自信の程が伺われます。

そこは、NZにある13の国立公園の中では最も大きく、 また、世界でも最も広い国立公園の一つとなっています。その範囲は、南島の西南部全体にわたりますが、公園内に出入りできるのは、Te Anau と milford Soundを結ぶ道路とDoubtful Sound とLake Manapouriを結ぶWilmot Pass(峠)上の道路と2つのみです。したがって、他のフィヨルドランド国立公園へのアクセスは、空路と海路のみが可能となっています。

その広さは、NZ全土面積の1/10といい、260万ヘクタールに及ぶそうです。
これらの公園は、1904年から保護区域とされましたが、実際に、そこを訪れれば、この写真のような険しい岩山です。その裾は、多雨林のジャングルで、降水量の多さなどもあり、進入は現在でも、100年前と同じように極めて困難と思われました。


Cその他雑感
参加者について感じたことを述べます。日本人は、リッチなご婦人と、男性は定年退職者 でした。欧米人の多くは、働き盛りの40歳代から50歳代です。彼らの多くはカップルで、2から3週間の休暇をとって遊んでいます。かれらは、人生を楽しんでいます。55kmに参加した方は、日欧共に 皆ハッピーです。しかし、参加した人の年齢から、決して休暇をとらない・とれない日本人 男性の惨めさを再認識しました。このことを、日本の小泉さん。業界のリーダーも再認識して欲しいものですね。

私は、彼らに言いました。あなた方はハッピーですが、日本では、皆さんの年代は毎日夜遅くまで働き、Milfodまで来ることは出来ないと。しかし、彼らは、そうして作られたTOYOTAの車で、大陸を駆け回り、50万KM走った(遊んだ)がまだエンジンの調子は最高だと日本の製品の素晴らしさを称えます。誠に、ハッピーな人生を送っているように見えました。

最後になりました。私は、この度、究極のハイク劾Zの言う、参加者を、元気付け・挑戦させ・満足させ・驚かせる、を体験しました。これは、私の人生にとって素敵な体験となりました。そして、その紀行を編集しました。この編集は、5Dayの55kmよりも困難でしたが、Milford Trackを2倍楽しむ事ができました。

私は、参加者の皆さんへ、このWebsiteを日英2ヶ国語で公開・報告し、感謝の気持ちを伝えたいと思っています。

皆さん、お元気で!



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