岩倉らくらくコース・15Km 豊田市岩倉町 |
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岩倉町の里山は、史跡&見どころが多く、安近鍛コースに似合います。 『岩倉らくらくコース』は、『岩倉わくわくコース』の姉妹コースで、 何れも、『松平ウォーク』の月例会で、代代岩倉町にお住まいの柴田鎮雄さんの案内で楽しんだコースです。 今回の『岩倉らくらくコース』は、松平交流館Pスタートの、左回り一周15Kmです。 その、コースと主な見どころを紹介します。
・松生島(しょうぶしま)
枯れ枝に鴉とまりたるや秋の暮れ 桃青翁作句 1680頃
松平住宅に通じる立派な橋の名は、『港橋』という。その欄干には、往時を偲ぶ馬引きのモニュメントです。 欄干の中程には、当地の歴史が刻まれる。そこは、かっては水運基地であり交通の要衝であった。
”欄干に刻まれる歴史”
対岸の岩倉側にある記念碑は、『川岸積問屋・仁右ェ門土場跡』と刻まれる。
巴川右岸の長閑な風景です。このような、枯れ木に自生する植物の名?どなたかお知らせていただけませんか、
地元史は、大曼荼羅と念仏和尚で知られた颯田海雲(さったかいうん)を伝える。 境内に、海雲の供養搭、
ここは、高速道のトンネルをくぐった大見町です。近年建替えられた立派な寺で、
地元の方は、大見の不動さんという。大見山の北斜面に苔むす祠と瀑布あり、
この上、200m石仏を辿り大見山頂へ、
一旦、外環状道路にでて、リサイクルショップを左折し、高架道をくぐり、左折、 このお地蔵さんから岩倉山地に分け入る。
岩倉城址の記念碑と謂れを伝える案内板です。この場所は、コース案内の柴田さんの所有地です。 左側の城郭跡部は、竹林化していますが、整備保存が望まれる。
境内に立つ、岩倉の謂れを説明する案内板、岩倉の起源は、『盤座(いわくら)』という。岩倉西地区の最高峰で
初日の出のビューポイント、
高根神社から工事中の豊田東JC高架をくぐり、反対側の長慶寺を目指す。 やがて、この頭上を高速道路が行き交う。
岩倉町吉ヶ入の長慶寺には、県指定の文化財の”十一面観音像”があるという。
入り口の案内板を見て、左手の山に登ると見事な苔寺、
巴川の縁へ出て、暫らく下ると、岡崎の大樹寺の末寺という古刹がある。 本堂に上がり、寺の奥さんから古事来歴を伺う。
安城城主の松平左京亮親忠が文明7年(1475)に大樹寺を開山、その彼の隠居寺として建立し、現在娘の婿が
第25代住職という。
円川(つぶらがわ)とは、現中垣内町弁天の旧称で、対岸の岡崎市桑原と相対し郡界橋がかかる。
応仁・文明(1468〜1486)のころ大給城攻略時の古戦場、岩津城に軍配、大給城城主は討ち死し、
岩倉勢も敗北離散した悲しい場所。
民家の庭に立つ”円川碑”は、明治時代に祖父が建てたと古老(孫)がいう。
円川(つぶらがわ)の地を見守ってきた大イチョウ
名木データ
中垣内(なかがいと)町弁天から桂野町へ、松平最大の工場というトリニティーを過ぎ、
左折して峠を越えへ九久平へ戻ります。
このルートは、少し長い登りです。従って、無理せず、巴川沿いに九久平へもどるルートもOKです。
当日は、参加者の皆さんに相談したら、全員峠越え、
峠越えのルートの頭上を第二東名が走ると予告します。
ここを元気で歩けば、第二東名開通まで生き延びられるか?
お疲れさん、次回もお元気で!編集者
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