愛媛県西条市
石鎚山 1982m・四国山地・百名山
May 8. 2009

弥山(みせん)から雨上がりの天狗岳を望む

石鎚山は、西日本最高峰であり、日本百名山にも名を連ねる名峰で、 全国から年間30万人もの登山者が訪れる人気の山という。

高齢者も元気な内に登ってみたい山である。やまびこフレンドから行かないかとの電話が入る。 更に、フレンドを誘いY社の登山ツアー『アケボノツツジ咲く石鎚山と緑の絨毯剣山』に参加しました。

参加者は、名古屋近郊の健脚女性9名と我々男性4名です。 一行は、成就白石旅館に前泊し、早朝の出発でガイドを先頭に2班編成で伊予の高嶺を目指しました。 ご覧ください。

写真説明、 弥山山頂から目前の天狗岳を仰ぐ、9:03撮影



マップ&タイム

@石鎚神社成就社 5:45発
A八丁坂底部 6:05
B夜明け峠 7:30着
C一の鎖 7:53着
D弥山山頂・石鎚神社頂上社 8:46着
E弥山山頂 9:17発下山
F石鎚神社成就社 12:10着

・総所要時間
 6時間25分/往復7.4Km

・石鎚山コース断面図

・石鎚登山案内図

・石鎚山系

・石鎚山詳細図




←白石旅館 5:38
天気予報快晴、日の出30分遅れ、吹き上げるガスのしぶき、レインに着替える、 準備体操、2班編成で鳥居をくぐる。
八丁坂 5;55→
ブナの原生林、100m/1Km程のゆるやかな下り、


←登山道 6:37
急登はこのような階段で歩きやすい。

休憩 6:45→
原生林の続く急なジグザグを登りきり休憩、1/3登る、


←夜明峠 7:30
伊予の高嶺を背に記念写真、

夜明峠→ 7:32
ロープウェーの無い時代は、ここで夜を明かし山頂を目指したか?




試しの鎖 7:40
一の鎖の前に、このような約20m程の岩頭あり、右(手前)から登り、左(後ろ)へ下りる。 当日は、岩壁が濡れていて、下りが厳しいと言い全員パス。 (下山時一部の女性が下りの鎖を登る)




← 一の鎖 7:54
希望者は自己責任で登攀の許可が出る。女性隊員が我先にと登る。

一の鎖上 8:01→
登攀時間は約5分、



←二と三 の鎖小屋 8:08
青い小屋が鎖小屋、二の鎖65m、三の鎖68m、ただし、登攀はツアー契約外、 100%自己責任とおどす、挑戦者なし、
二の鎖 10:03→
登攀状況、左が上り、右が下り、下山時に撮影、



←三の鎖アップ 8:07
68mの絶壁、修験者は、白装束で数十人が連なって登る。

石鎚の峰 8:08→
ガスが切れ始める。五月晴れの山頂を期待し前進、



← 残雪 8:18
雪解け、足場悪く慎重に進む、、

迂回路 8:39→
二と三の鎖場の迂回路は、絶壁横に、にこのような階段が続く、



←迂回路 8:42
左側が上りで、右側が下り、手摺を持って慎重に登る。

弥山登頂 8:48→
目前に、天狗岳、ガスが吹き上げる。




←登頂記念 8:55
弥山山頂・石鎚神社頂上社にて、

登頂記念 8:50→
弥山山頂で感激する男性参加者、女性は、天狗岳を目指したいが、このツアーでは不可、



←編集者 8:57
天候回復、もう少し大展望を楽しみたいのだが、下山の指示、四国の山も忙しい。

石鎚神社頂上社 9:01→
若い宮司が1名、登山者の質問に応対、



←西方展望 9:11
左のピークが二の森1929m?
山頂の方位盤

東方展望 9:13→
四国山地、遥か彼方の剣山に続く山並み、
深田久弥もうらやむ好展望、パッピー!



←天狗岳 9:15
私が、写真を撮っている僅かな時間で、青年は登り、ピーク立った。

弥山風景 9:04→
石鎚山に年間30万人登るとガイドブックにある。1000人/日は信じがたい数、



←ハイブリッド発電 9:07
山頂小屋の電気をまかなう風車が唸りを上げる。
詳細は、 AURA1000参照、

下山風景 10:00→
前方に、瓶ヶ森1897mが顔を出す。



←アケボノツツジ 10:48
ツアーのうたい文句、何とか確認する、末期だが清々しい。

猿のコシカケ 11:18→
五月晴れ、気持良さそう、コシカケも



←石鎚神社成就社 12:15
全員無事に下山、白石旅館の食堂で昼食、掛けそばにおでんが美味しい。

遥拝殿 12:30→
神殿正面に石鎚山を拝する。白鳳時代(7世紀)から続く信仰登山を実感する。



←下山記念 13:08
成就から山頂駅へ、すぐ上の展望エリアにて、 後方が、石鎚山系の瓶ヶ森、

ロープウエイ 13:32→
成就社詣・登山客を集める。 石鎚登山ロープウエイ



石鎚山の鎖について


←安永8年の鎖
明治の中期から続く白石旅館の食堂にあった鎖です。 『安永8年(1778)、霊峰石鎚山三之鎖として懸垂せしもの也、奉斎用』とある。

山頂の鎖→
山頂の岩山の鎖置き場です。歴代の取替えた鎖が置いてあり、安永8年型と現在型も確認される。 取替え時は、数人で担いで登り、上で繋ぐ、最近では、平成5年ごろ交換したという。 しからば、鎖は何時から懸垂されたか?100年毎交換するとして、1778-100=1678以前から、 実際は、かなり昔からあったと思われる。

←鎖の大きさ
以前、鎖は大きく、靴が入ると聞いていたので、試してきたら無理だった。

鎖は安全?
鎖は直列であり、何れか一つの材料に欠陥があれば破断する。 修験者が、数十人も連なって登るので、3トン以上の荷重だが安全率は十二分だ。 鎖は、片側2本の懸垂だが、使うのは何れか1本、

江戸時代は、腕利きの鍛冶屋が慎重に造ったと思われる。最近の鎖は溶接部があり、欠陥が心配だ、 しかし、今まで事故がなかったとしたら立派と思う。石鎚神社が護ったか? また、100年毎?の交換もほほえましい。



《Y社の登山ツアー》
縁あって、Y社の登山ツアーに始めて参加しました。 Y社の方々、T交通のベテラン運転手さんのお陰で、参加の皆さんと共に無事に石鎚山を登頂、 幸い天候に恵まれ素晴らしい体験と取材も出来ました。有難うございました。

参加して分かったことは、 安全第一の山行プランであり、マイクロバスもバス会社の営業車でプロのベテランドライバーがあたり、 一行を安全に名古屋駅前から、四国山地へ運んだ。

Y社の登山ツアーは、女性を主体にしたツアーのように思われた。そこへ異質の男性が紛れ込んだためか、 2人のガイドは、われわれ男性高齢者の扱いに慣れていないようであった。 我々も、2人のガイドに終始馴染めなかった。会話が成立しないのだ。

入山早々原生林で、熊除けの鈴を外せと言う。 おかしなことを言うなと思っていたら、今度は、鈴をもぎとり手渡す。フレンドが、対向者に頑張ってね、と声を掛けると。 そんなことは言わなくて良い、こんにちはでよい。まるで教師の中学生引率登山のようであった。 これも、安全登山に必要なルールかも、

後で、宿の主人に四国には熊はいないのですか?と尋ねると。石鎚山にはいないが、剣山にはいるという。 明日の、剣山では、鈴が役立つのだ、
2人のガイドは、石鎚登山では、超ゆっくり歩行で、終始安全と予定時間での下山を心がけ、 また、我々よりも宿の主人に気を使っていた。

お陰で、成就から東祖谷の見ノ越への移動も順調に進んだ。とりわけ、美馬ICから奥のR438の山岳ルートは険しく、 ヘヤピンが7回も出てくるヒヤヒヤルートであったが、無事に目的地の”ラフォーレつるぎ山”へ。 天気予報は、明日も快晴です。次ページの剣山登山もお楽しみください。

以上で、石鎚登山体験記を終わります、これから石鎚へ出かける方の参考になれば感謝です。 皆さん、お元気で、お疲れさん、




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